【連載】生きる活力を感じよう!まえてぃーが教えるアンコールワット

こんにちは。

今回は連載企画”魂が震える”世界史の授業の記念すべき第一回です!!

【連載!”魂が震える”世界史の授業】とは・・・

この連載企画の主人公は・・・元世界史教師のまえてぃー

世界史の先生をしていた時、ふと思いました。

世界史の教科書って、教科書じゃなくガイドブックとして使ったら最強じゃない?

  • 世界地図は載ってる。
  • 今では世界遺産になってる場所がたくさん載ってる。
  • 何より先人たちの歩んだ道のりがスゴかった!!

 そして、ただ今、教科書片手に世界周遊をしています。そんなわたしが、ゾクゾクっと来た・・・まさに”魂が震える”ほどの衝撃を受けた場所について授業をするのがこの連載企画!!

わたしがどんな人か詳しく知りたい方はこちらを見てみてください!!

わたしはただ今カンボジアにいます。カンボジアでは、どんな”魂が震える”出会いがあるでしょうか?

「ぼうけんをはじめますか?」

「はい!!」

まえてぃー、カンボジアに辿り着いた

こんにちは!旅での歴史は“学び”ではなく“出会い”!!教科書片手に世界周遊,“歴旅中”のまえてぃーです。

やってきましたー!!カンボジアです。

日本からおよそ4300キロ。時差2時間。

広大な自然と急速な経済発展の中にあるここカンボジアは、成田から直行便が就航しています。国民の人たちは、穏やかな人が多く、働き者が多い!

サンキューでなく「オークン」(クメール語でありがとう)というと、これでもかというくらい笑顔になってくれるとってもキュートな人たちです。

今回の”魂が震える”場所ってどこ?

カンボジアの首都、プノンペンから飛行機で1時間。またはバスで6時間。

観光都市「シェムリアップ」。連日多くの観光客で賑わうこの町の礎を担うのが、今回の主人公。

「カンボジア シェムリアップ在住、“アンコール遺跡群”」のみなさんです。

威風堂々たるボス感“アンコールワット”

その微笑みが宝“アンコールトム”

崩れるなかに神秘を感じる“ベンメリア”

木々の強さに圧倒される“タプロム”

この他にも実に多くの遺跡たちが、ひしめき合い、大小の遺跡を合わせると600以上の大所帯とのこと。まだ見つかっていない遺跡もあるかもしれないと、何とも冒険心の掻き立てられる土地となっています。

そして今回はその中核を担う「アンコールワットさん」を中心に歴旅を進めてまいります。

まえてぃーの“歴旅”。アンコールワットさんで、『魂が震えた!!』

アンコールワットさんに訪れた時、まえてぃーは生きていく勇気を得た

今から約10年前にこの地を訪れました。大学生の卒業旅行でした。卒業旅行には“冒険”“ロマン”を追求したので、日本から比較的近く、大きな遺跡があるというこのアンコールワット遺跡群の所にやってきたのです。

アンコールワットさんは世界遺産にも登録され、「行きたい場所ランキング」でも常に上位に入る人気者です。その華やかな舞台裏。

現地の人から聞いた「アンコールワット」の歩んだ道のりは、ロマンなどとは程遠く、度重なる試練を乗り越えた今だということを知りました。生きていると、色んな事が予想だにせず起こります。

苦しい、やめたい、でも頑張りたい進みたい・・・。

そんな日々を乗り越えながら生きている私たち。アンコールワットさんの歩んできた道のりを知りながら旅をすることで、

この場所は今のあなたに、明日からの生きる希望と活力を与えてくれます!!

壁画・・・ヤバい!!当時の技術に驚かされた

また、堂々たる細部にはとても綿密で繊細な壁画が描かれています。壁画は文字のない漫画と思っていいでしょう。

  • 今から戦に向かう姿。
  • 天国と地獄を表した姿。

その表情の一つ一つにも違いがあり、機械なんて無かったであろうこの時代。当時の技術に驚かされます。

そして例え意味なんて分からなくても、自分で想像するだけであなたは800年前にタイムスリップすることが出来ます。

アンコールワットさんが歩んできた苦しい歴史

アンコールワットさん誕生

9世紀、アンコール王朝という王朝(802-1431)が誕生し、その王朝が最盛期の12世紀、王の霊を祭るためのヒンドゥー寺院としてアンコールワットさんは生まれました。(その後仏教寺院へと変化)

その建設期間、じつに30年。フランスの専門家による統計だと建てる人、彫る人、運ぶ人などの職種に分かれ合計約25000人の人が1日7時間働いて30年以上かかっただろうとのこと。

すごい終身雇用です。

その規模を想像しただけで、とても大きな文明が、とても多くの人々ががかつて暮らしていたのかを想像できます。

世界中の遺跡の中でも最大級のアンコールワットさんは、広大な森の中に突如姿を現します。東西1.5キロメートル、南北1.3キロメートル。そのスケールと美しい壁面彫刻に心奪われる旅行者はきっと多いでしょう。

トラブルに巻き込まれ続け、放置プレー

しかし、この王朝はアユタヤ王朝(現在のタイ)との戦争で、アンコールワットさんから離れます。そして、無人となりました。1431年のことです。

それから100年後、再び発見され王都になります。

しかし、またもや戦火に巻き込まれ1593年再び無人に。アンコールワットさんが放置された理由としては、

  • 国境沿いにあり戦火が近かったこと。
  • 戦力が相手より劣っていたこと。
  • その土地が、食料生産に向かなかったということ。

アンコール王朝は大規模な灌漑(人工的に水路を引き農業を行う)設備を整備していたが、維持と修復が出来なかったと言われています。ずっと戦争してたりしてたらそうですよね。。。

食物のとれない土地では暮らせない。人々が土地を放棄し人口が減り、戦争どころか国を維持することが難しかったのです。

アンコールワットさんの人生の転機

そしてその間、欧米人や日本人が訪れましたが、転機があったのはそれから約300年も先のこと。1860年フランス人アンリ・ムーオ氏によって紹介されたことがきっかけで世界に広く知られるようになりました。

つまり、300年にもわたり、このアンコール遺跡たちは、誰にも知られることなく、悠久の時を過ごしていたのです。しかし、再び人類の前に現れることによって、このアンコール遺跡たちはまたしても試練の時を迎えます。

またしても試練が・・・。戦火に巻き込まれる

1970年代。カンボジアで内戦がおこります。遺跡たちは当時政権を握ったクメール・ルージュによって大きな被害をこうむります。クメール・ルージュは一切の宗教を否定していたので、物言わぬ遺跡たちを破壊していったのです。

そして、クメール・ルージュが敗走しはじめると、このアンコールワットさんの中に籠城するようになりました。アンコールワットさんは軍事施設ではなく「寺院」でありながらも、周囲には堀があり、また壁もあり、籠城するには最適でした。

また、攻める側からしても、歴史的に価値があり、国の誇りともいえるこの寺院を攻撃することがためらわれました。

しかし、宗教を否定していたクメール・ルージュにとってはそんなことは関係ない。さらなる破壊が物言わぬ遺跡たちに対して行われたのです。首のない仏像が多いのはそのせいです。

作った人たちの意思があったであろう遺跡自身を、現代の人類が踏みにじったのです。

ただの石かもしれません。声をあげることも、攻撃してくることもありません。でも私たちの命と同様、一度無くなると元には戻らない。時を遡ることは、できないのです。

たくさんの血がこの場所で流れました。現在でも銃弾の跡を、遺跡内では確認できます。

その全てを遺跡たちはは受け止めています。ただ静かに、私たちが重ねる毎日を見つめていました。

人類の争いをじっと見つめて、何を思い、どんな声を私たちにかけていたんでしょう。

ついにアンコールワットさんに訪れた平和。

内戦が終わり、再び平穏が訪れたカンボジア。現在多くの国が、この遺跡の修復の支援に名乗りを上げています。実はこの日本も、このアンコールワットさんの修復に力を注いでいます。

そして今、アンコールの遺跡たちはカンボジア国民の憩いの場として穏やかな毎日を過ごしています。

人々の中に息づくアンコールワットさん

遺跡のそばで屋台をしている人たちが話してくれました。

「ここの人はみんなアンコールが好きだよ」

アンコールの朝日と共に1日を迎え、アンコールの夕日と共に1日を終える。休日はアンコールが見える芝生で家族で団らん。ハンモックに揺られながら感じる風は、きっと密林に埋もれていた時の風と変わらない穏やかな風。

そんな風に吹かれながら見上げるアンコールワットさん達の姿。遺跡の中の入るとその偉大さに、寛容さに包まれている気がする。

生きる希望を見た気がした。

人間の愚かさを見た気がした。

平和というものが、かけがえのない大切なものだと感じた。

その大地の上に立ち、遺跡に包まれ、彼らをその手で触れてみてください。五感を澄まし、アンコールワットさん達が歩んだ道を想像してみてください。

どこか今までと違って見えませんか?

なぜだか、ただそこにある遺跡が、特別なものに変わり、今のあなたに大きな生きる希望と自信を与えてくれます。

そしてあなたに向かって語りかけます。

“見守っているよ”と。

知ることで見えるものがある。

知ることで感じることがある。

それが明日への力になる。

それが歴史の与えてくれる力。

次回の記事

次回、カンボジア。

眼鏡をかけてたら殺される?300万人が大量虐殺されたカンボジアの悲しい過去

世界は知らない。でも知るべき現実。「国」という存在、「人」という恐ろしさを考える旅に出かけましょう。

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まえてぃー

旅での歴史は“学び”ではなく“出会い”!!教科書片手に世界周遊,“歴旅中”のまえてぃーです。【元世界史の先生が教える、”魂が震える”世界史の授業】の連載をしています!!旅で訪れた”魂が震える”場所を紹介していきます。