【第2話】本当のジブンに出会う旅|中年バックパッカーの孤独と絶望と希望の世界放浪記

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2−1.オーストラリア・シドニー

1.僕たちの当たり前が、当たり前ではなくなるような時間が流れる場所

教会が建つ丘の上の、こぢんまりとした公園で、人々が芝生に座って、あるいは寝そべって、思い思いに談笑したり読書をしたりしている。空は青く澄んでいて、雲ひとつない。

いや、厳密にいうと少しはあったのかもしれないけれど、いずれにしても、そこにあったのは完璧な時間と空間だった。

有名な「オペラ・ハウス」のある「サーキュラー・キー」と呼ばれる美しい港湾に向かって下るなだらかな坂道を、乾いた風が吹き抜けていく。穏やかな向かい風を受けながらゆっくりと、僕は歩みを進めていく。

地中海性気候のシドニーの夏は、日本のそれとは随分違って気温の割に過ごしやすい。道ゆく人々の笑い声が絶え間無く聞こえる午後の昼下がり。控えめにいって最高の時間だった。

 

夢と現実の境界線が曖昧になって緩やかに溶けて失われていくような、不思議な感覚に包まれたのは、まさにそんな時だった。

 

僕はスーツというものが正式な服装である、ということに20代の頃からずっと違和感を感じている。

シドニーのような気候の穏やかな街を歩いていると特にそのことを痛感する。湿気の多い日本で、首までしめたボタンシャツにネクタイを締め、その上からジャケットを羽織るというようなことがフォーマルさを演出するということが、どうしても滑稽だと思ってしまうのだ。

あるいは、日本の鉄道の運行の正確さ。

秒単位で正確に発着する列車。そんな鉄道輸送サービスを当たり前に享受している時には全く感じなかったことだけれど、あんなのは外国を長く旅していると、感動を通り越して強い違和感を感じてしまうようになる。

延着なんて日常茶飯事、下手をすれば時間前に発車してしまうこともある海外の公共交通に合わせて行動する習慣がついてしまった今となっては、あのクオリティのサービスを提供するために犠牲にされている従業員の方々の自由な時間や心の安らぎはいかばかりのものかと、考える必要のないことを考えてなんだか心苦しくなってしまう。

世界一周中に南米から一時帰国した際、成田空港から「成田エクスプレス」を利用して新宿に向かった。

チケットカウンターのスタッフに「次の電車は15時47分発です」と言われてそのままホームに降り、その47分ぴったりに電車が来た時は、感動したのと同時に少し目の前がクラクラした。

旅を終えた今となっては、5分・10分くらい電車が遅れて来てくれた方が、利用するこちらも心がちょっと軽くなるというものだ。

 

そうしてみると、暑いさなかに厚着(半袖、半パン生活が長い僕には、スーツは十分な厚着である)をして、毎日きっかり同じ時間に運行される鉄道なりバスなりに乗って通勤し、数多くの理不尽に振り回され、周囲の人間の不機嫌に耐え…

というような毎日が日常であり、現実である、という信憑そのものに違和感を抱くようになるのも致し方ないのではないか。

というよりもむしろ、あれは現実でなく、どこか遠い、自分が住んでいたのとは違う世界の出来事だったのではないか、できることならそうあってほしいものだとすら願うようになってゆく。

今いる場所がリアルであり、日本での日々がフィクションの世界のような、そんな奇妙な感覚に包まれてもおかしくないくらいの素晴らしい時間が、サーキュラー・キーに向かうシドニーのあの坂道には流れていた。

2.現実と非現実の間を自由に行き来できる、ということ

旅先で出会うような素晴らしい風景やそこに流れる時間、思いもかけない素敵な出会いといった非日常的な経験。

そういったものは非現実で、毎朝決まった時間に起きて職場に向かい、意に沿わないタスクを与えられ、時に理不尽な要求に違和感を覚えたり反発したりしながら過ごす毎日が現実で、それ以外は非日常の、夢のような世界だというのなら、そんな「現実主義者」の住む世界はあまりに平面的で、貧しすぎはしないだろうか。

一方で、そのような日常を抜け出して、自らの気持ちの赴くままに自分の行きたいところへ行き、食べたいものを食べて、

自分のことを知る人が誰もいない世界で、母語ではない言語を使って生活するような毎日が、夢のような、豊かで満ち足りた経験に溢れたものなのかと言われれば、それは決してそうではないと言わなければいけない。

少しわかりにくいことを言っているかもしれない。

けれど、一方が現実であるからもう一方は非現実であるという世界の認識の仕方は、極端なことを言えば僕たちが住む世界の50%を切り取り、もう半分の世界だけに自分を閉じ込めてしまうような、息苦しいものにならざるを得ないのではないだろうか。

日常と非日常。現実と非現実。

二つの世界は、決して混じり合うことのないパラレルワールドなのではない。一方を抜け出すことでしか、一方にアクセスすることができないというようなものでは、決してない。

両者はいずれも両者にとっての延長線上にあって、いずれも「私」という経験の中に位置付けられる、異なった相にすぎない。だから僕たちは安心して自分が知らない未知の場所に出かけていくことができるし、何にだってなろうとすることができるのだ。

「自分は現実の世界のみを生きている、そんな非現実的な世界に身を置くことは逃避であり、そのような生き方は受け入れられない」という人もいるかもしれない。

けれどもしそれが事実だとしたなら、人類に言語は必要なかったし、貨幣を生み出す必要もなかったはずだ。

人はいつだって、空想と現実の「あわい」にあって、両者を自由に行き来しながら、夢や希望や空想といった抽象的なものを形あるものに変えて、他者と共有できるようにし続けてきたのだ。

僕はそう信じているし、そういうことができる生き物のことを、あるいは「人間」と呼ぶのかもしれない、とさえ思う。

日本という日常を生きていた僕と、サーキュラー・キーを歩いていた僕との間には断絶の代わりになだらかな無限のグラデーションがあった。

旅という経験が両者を架橋する。そんな風に考えることで、僕には日本という場所で暮らすということと、日本以外の場所で暮らすように旅することという二つの世界への可能性が同時に開かれるのだ。

3.誰も、夢から覚めずに生きて行くことはできないのだろうか

けれど旅に出た時の自分は、あの日本での毎日を記憶の彼方に消し去ってしまいたいという衝動に駆られていた。

ほとんどそれだけをモチベショーンに旅に出た。

日本を離れて一年以上見知らぬ国を旅し続けようと決意し、それを実行に移すにはそれなりの切実さと、それ相応の強い衝動を必要とするものだ。みんながそうではないのかもしれないけれど。

そうしてやってきた旅先で、夢のような時間を過ごしながら、僕は僕が半ば逃げ出すようにしてきた日本での苦痛に満ちた日常の非現実性に想いを馳せていた。

それは日本での日常を日常として受け入れることを拒み、そこから目を背け続けてどうしようもなくなってしまったみすぼらしい自分という人間が自らもたらした災厄のように思われた。

僕たちは、いや少なくとも僕は弱い人間なので、その当時、自分が属していた社会や家族、集団や組織、が永久に続くものだと盲目的に信じることでしか、その時その時の自分をうまく保つことができなかった。

自分が今属している社会・組織・地域社会が、明日も、1年後も、10年後もあり続けると思う。でないと露頭に迷うことになる。

だからこそ、そこから受ける様々な苦痛、引き起こされる感情に蓋をして、本来ならば、僕を守ってくれるはずのそれらの社会集団が知らず知らずのうちに僕を損なっていくことから目をそらして、どうにか日々をやり過ごして行く。そういう倒錯を自明のものにしてしまう。

こんな日常はいつか壊れてしまえばいいと、心のどこかで願いながら。

同時に、一方で、その中に小さな喜びや生きがいのようなものを見出して、自分自身を慰め、勇気付ける。あるいは勇気付けられているフリをする。

そうやっていろんなものと折り合いをつけながら−もう少し直接的な言い方をすれば、自分自信を欺きながら−生きてゆく。そんな両価的なマインドセットがデフォルトになっていたのが、あの時の僕だったのだ。

けれどそんなささやかな嘘の積み重ねが、自分自身を深く傷つけていたことに気がついて、けれど自分にはもうどうすばいいかわからなくなってしまった時に、僕はその時生きていた世界と少しだけ距離をおくために、その世界といつか和解できる日を夢見て、セブに向かう片道航空券を手に入れた。

その時は、いずれ日本という日常に戻ることは前提であり、自明だった。誰も、夢から覚めずに生きていくことはできないのだから。

そうして向かった先のオーストラリア・エアーズロックで、僕は「時間」という概念が絶対的でない世界に触れることにになる。

僕たちが感じるような時間の流れが存在しない場所。そんな信憑とともに生きる人々。そんな人たちが築き上げてきたコミュニティ。

アボリジニとエアーズロックをめぐる時間についての考察は、僕たちが生きる日常生活の非現実性と、非日常と現実の間の連続性のようなものを改めて僕に思い知らせてくれることになる。

夢を見るように生きることができるのかもしれないという夢を、見ることができるのかもしれないのだと。

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osugi

2016年11月から約400日間、世界を旅してまわっていました。 現在は旅を終えて、フィリピン・セブ島の旅人たちが集まる英会話スクール「Cross x Road」で、素晴らしい仲間に囲まれながら、日本人の生徒さん向けに英文法の授業をしつつ、旅に関するあれこれを徒然なるままに書く、という素敵な時間を過ごしています。