【第32話】本当のジブンに出会う旅|中年バックパッカーの孤独と絶望と希望の世界放浪記

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 バルセロナ・スペイン

アントニ・ガウディ

サグラダ・ファミリア「生誕の塔」からのバルセロナ市内。

 

アントニ・ガウディはスペイン・カタルーニャ地方出身の建築家で、バルセロナの名建築「サグラダ・ファミリア」を設計した人物である。といってもご案内の通り、サグラダ・ファミリアはいまだにアンダーコンストラクション、つまり建設中である。「神は急いでいない」。1882年に着工してからすでに100年以上が経過した2018年のいまもまだ完成していないそのあまりにも有名な大聖堂は、昔から僕の憧れの場所でもあった。

 

完成までに数百年を要し、完成時期は神のみぞ知ると言われたその事業に後半生の全てを注いだガウディという人そのものにも、僕はずっと興味があった。具体的にはガウディのストイシズム(という言葉が適切かどうかはわからないけれど)に興味があった。「いつ完成するか、設計者本人にもわからない」。そのような曖昧なものに自分の後半生のほとんど全てをかけることができるマインドというのはいったいどのようなものなのだろうか。

 

信仰心の深さだけでは決して測ることのできない何かがあるはずだ。サグラダ・ファミリアに行けばそういうことの断片だけでも感じることができるかもしれない。

 

人間は「意味のないもの」に基本的に耐えることができない。もちろん彼が生きた時代と現代では様々なことが異なる。だから現代人の価値観で彼の偉業を測ることはナンセンスなのかもしれないけれど、完成までに人間の一生数回ぶんの年月を要とすると言われる仕事に意味を見出すことは、古今東西を問わず、凡人にはなかなかできることではないはずだ。

 

 

サグラダ・ファミリア

サグラダ・ファミリア

2017年7月、初夏のスペイン、バルセロナに僕は降り立った。市街中心地から歩いて十分アクセスできる場所に、サグラダ・ファミリアはあった。僕の宿泊していたゲストハウスからは歩いて15分程度。「受難のファサード」を夏の青々とした木立の向こうに美しく眺めることができる周辺の公園も含めて、あたりは世界中からの観光客で賑わっている。僕は毎日その公園に行ってサグラダ・ファミリアを眺めた。

 

サグラダ・ファミリアの内部は入場制限がかかっていて、1日の入場者数に上限が定められている。僕は到着の三日後に入場できるチケットをオンラインで購入していた。5日間のバルセロナ滞在中、サグラダ・ファミリアにいかないときは同じバルセロナ市内のカサ・ミラやカサ・バトリョといったガウディの建築を見学したり、グエル公園に行ってみたりした。ガウディ以外にも見所は満載だったけれど、だいたいガウディの建築を見て過ごした。

 

カサ・バトリョ

ガウディの建築はその独特のファサードが象徴しているように若干意味過剰である(ように僕には思われる)。というよりも、東洋的な価値観に育まれた人間には、やはり教会をはじめとした西洋建築はいささかしんどいのではないだろうか。細部にわたるまで意味で満たされているかのような建築や装飾は、細部に至るまで意味に満たされていなければならないという強迫神経症の症状のようにすら思われる。ロココ様式などは僕は見ていて頭がクラクラしてくる。

 

サグラダ・ファミリアの聖堂内もあるいはそのようなものなのかもしれない。期待と同時に少し不安もなくはなかった。そして入場の日を迎えた。

 

サグラダ・ファミリア聖堂内。とても柔らかい光に包まれている。自然光をうまく利用している。

結論から言うと、サグラダ・ファミリアの素晴らしさは想像以上だった。その魅力について事細かに記すことは難しい。事実聖堂の内部はやはり他の教会建築がそうであるように、そして僕が想像していたように「意味」で満たされていた。しかし他のどんな教会建築とも違って、そこにはえも言われぬ柔らかさのようなものがあった。

 

入場時に貸し出されたオーディオガイドは、ファサードから設計、内部の装飾に至るまで、全てにおいて神と自然との調和を意識しつづけたガウディの建築のその意味を解説し続ける。

 

けれど僕にはそんなことはどうでもよかった。そんなことは後でインターネットなり本なりで調べれば良い。ただ今この瞬間だけは、この空間のこの荘厳で柔らかな空気感に包まれてしばらくそこに佇んでいたかった。だから途中でオーディオガイドは外して、細部ではなく全体に意識を集中することにした。そこに漂う空気を感じることに神経を集中した。サグラダ・ファミリア内部は他のどんな教会建築よりも空間の使われ方が絶妙だった。それが意味性の過剰を絶妙なバランスで抑制している。

 

スペースという「空白」を設計や装飾といった「意味」が取り囲む。それはまさに世界の縮図であるように僕には思われた。僕たちの世界は全てが意味で満たされているわけではない。それはむしろ無意味性、空白性を中心にした何かによって成り立っているのだ。意味はむしろ、そのような無意味性から事後的に立ち上がってくる。逆にどれほど世界を意味で満たそうとしても、絶対に言葉ではたどり着くことのできない空白性が残る。

 

そのような空白性になんらかの意味を与えようとする営みが信仰であり科学だったのではないだろうか。あるいはそれは、東洋の、あまり教養のあるとは言えない僕という人間の偏った印象に過ぎないのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。それでも一つ確かなことがある。とにかく僕はあの時いつまでもあの聖堂の中に佇んでいたかったのだ。全ての思考は、あの荘厳な空間にこだまして、無意味性の中へと吸い込まれて消えて行くように思われた。それはなかなか素敵な経験だった。

 

 

あいちゃん

カサ・ミラ

バルセロナに到着したその日、僕は5ヶ月ぶりに「あいちゃん」に会った。あいちゃんは僕がこれまで出会った全ての人の中でも5本の指に入る素敵な笑顔の持ち主である。僕はちょっと無理して時間を作り、あいちゃんに会ってもらうことにした。彼女がすでにバルセロナにいることは知っていたし、バルセロナを一人でぶらぶらするよりは笑顔が素敵な女性と二人でぶらぶらする方がずっと楽しいに決まっている。

 

2017年1月、あいちゃんとはセブの語学学校出会って、僕が卒業して2ヶ月後の3月、ウユニ塩湖で再会した。僕たちは図らずも、だいたい似たような日程で似たようなところを旅していた。出会う旅人とは何度でも出会うが、出会えない人とはいくら事前に約束をしていても出会えないものである。ご縁だ。あいちゃんと僕は明らかに「ご縁」があった。

 

偶然にも(これも本当に偶然なのだ)僕たちは歩いて数分くらいの距離のゲストハウスに宿をとっていた。だから簡単に合流できて、簡単に再会できた。あいちゃんはとても色の白い女の子だけれど、この時は少し陽に焼けていた。健康的に色白な彼女は陽に焼けてもやはり健康的だった。僕はここバルセロナに来る1週間前までニューヨークのブルックリンの友人宅でお世話になっていたが、あいちゃんはニューヨークのマンハッタンの友人宅についこの間までお世話になっていたという。ご縁だ。

 

僕はあまり食べ物にこだわりがない人間だ。だから旅中もその土地の名物料理みたいなものを食べに行くということはあまりない。だいたい一人でそんなところにご飯を食べに行ったところでなんになるというのか。僕だって美食が決してきらいなわけじゃない。けれどどんなに山海の贅を尽くしたご馳走も、一人で食べる限りそれはただの栄養摂取行為に過ぎない。逆に気の会う誰かと食べればカップラーメンだって素敵なご馳走になりうる。とにかく「孤食」は現代人が罹患している深刻な病の一つだ。そんなものにお金を使ってどうなる。

 

従って、ここスペインで愛ちゃんに会ったからには一緒にパエリヤを食べに行かないわけにはいかなかった。僕たちはバックパッカーであるという事実をしばし棚上げにして忘れることにして、ちょっとしたレストランで贅沢をすることにした(それ以降の再会でも、僕たちはちょくちょくバックパッカーであることを棚上げした)。

 

レストランに向かうまで、そしてレストランで、極上のパエリヤとワイン、そしてハモン・イベリコ・デ・ベジョータに舌鼓を打ちながら、僕たちはいろんなおしゃべりをした。あいちゃんは20代の後半で、おそらくその年代の女性がほぼ共通して抱えている人生の課題−結婚、出産、仕事、その他諸々−を抱えて旅をしていた。そんな彼女と僕に共通していたトピックといえば一人旅の孤独だった。思ってたのと違うね。うん、なかなか寂しいですね。そんな会話をしたことを覚えている。

 

実はこの年の3月にボリビアのウユニの町で会った時も、僕たちは一人旅の寂しさについて語った。あいちゃんはその時現地の食べ物が合わず体調が優れないようだった。「こんなに寂しくて辛い思いをしてまで旅することになんか意味あるんですかね?」とって彼女は笑った。彼女には申し訳ないけれども、その時の彼女の笑顔もまたとても素敵だった。彼女の100%に近い笑顔には他の誰にも再現することのできない説得力のようなものがある。たくさんの意味を表情や声色に乗せて、彼女は微笑む。喜びも、悲しみも、悔しさも、やるせなさも。これまで僕が出会ってきたどの笑顔よりも100%に近い笑顔で彼女は微笑むのだ。

 

 

「祈り」

グエル公園。ガウディの設計した公園だ。バルセロナの高台にある。

旅を終えてセブに来て、僕はいくつかの新たな習慣を手に入れることになった。その中の一つに「祈ること」がある。僕はある時からだいたい毎週末「サン・トニーニョ教会」というセブ市内の最古の教会に行って祈るようになった。サグラダファミリア以降、僕はヨーロッパの大小様々な教会を訪れ、そこで少し佇み、気分を落ち着かせ、そして祈った。けれどその祈りは常に自分に対するものだった。無事に旅が終えられますように。健康でありますように。

 

今ひとつ言語化できずに消化しきれていない感覚がある。「自分に対する祈り」は祈りの本質からはずれているような気がするのだ。祈りは原理的な意味では他者に捧げるものだと思う。そのことはこの連載の第20回と第23回に、その時点での祈りに対する僕の断片的なイメージのようなものを書かせてもらった。

 

僕たちは無意味性に耐えることができない。僕たちはいつもほとんどオートマティックに「そのことにはどんな意味があるのか?」と問いたくなってしまう。そしてある行為における「意味」やその行為がもたらしてくれるであろう「成果」や「報酬」をできる限り早く、正確に知りたいとも思う。「自分に対する祈り」はその様な振る舞いの延長線上にある営みだ。

 

そのことを考える時、僕にはガウディの真の偉大さが垣間見えるように思われるのだ。ガウディは交通事故でその生涯を閉じた。道路に横たわっていた彼は乞食同然の身なりだったために通行人に顧みられず、病院への搬送が遅れたという。あるいはそれが致命傷になったのかもしれない。偉大な建築家の最期としてはあまりにもあっけなくて、惨めだ。それくらい彼は寝食を忘れてサグラダ・ファミリアの大事業に没頭していた。

 

大切なことは、彼が自分の生前には決して完成するはずのない仕事に見出していた「意味」である。「神に捧げる建築」なるものが具体的にガウディに何をもたらすことになるのかなんて本人に分かるはずがない。彼がそこに具体的な「成果」なり「報酬」を求めていたとするならば、完成することのない建築なんかに没頭することには実に何の意味もない。

 

カタルーニャにて

ランブラス通り

自分が今行っていることの意味をうまく言うことができない。けれどそれは必要なことであるという確信だけはある。無意味性の中に漂い続けること。それはまさに「祈ること」そのものではないか。それがいつ、どの様な形で報われることになるのかが分からないものに自分自信を捧げるということ。自分自身の身を預けること。そのことの尊さを僕はガウディとあいちゃんの100%の笑顔から教えてもらった。

 

先日日本に行った時に、数ヶ月ぶりにあいちゃんに会った。旅によって生じることになった彼氏との物理的な距離の隔たりは、二人の絆をより強固なものにしたのだ。その確かな証を彼女は自らの体内に宿していた。妊娠7ヶ月。その彼氏とは籍を入れて、二人でのささやかな生活を始めたのだという。

 

母親になる。そのことは彼女をより一層輝かせている様に僕には思われた。旅に出て、旅する意味を見失っていた彼女は、そのおよそ一年後にその旅がどの様な果実を彼女にもたらすのかを知ることになったというわけだ。妊娠初期のタフな時期を通り抜けて、大きくなったお腹をさすりながら彼女は微笑む。「赤ちゃんに会えるのが楽しみなんです」。

 

限りなく100%に近いその素敵な笑顔で微笑む彼女を見ながら僕は思った。きっと彼女は祈る様に旅していたのだと。彼女の旅は、まさに祈りそのものだったのだ。

 

西陽を受けて輝くサンタ・エウラリア大聖堂。カタルーニャの人にとってはサグラダ・ファミリアよりもこちらの方が重要な聖堂なんだとか。

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osugi

2016年11月から約400日間、世界を旅してまわっていました。 現在は旅を終えて、フィリピン・セブ島の旅人たちが集まる英会話スクール「Cross x Road」で、素晴らしい仲間に囲まれながら、日本人の生徒さん向けに英文法の授業をしつつ、旅に関するあれこれを徒然なるままに書く、という素敵な時間を過ごしています。