「何をしていようと私は山勢拓弥の味方」カンボジアCANDY ANGKOR経営者の西えり子が語る想いとは

おはようございます、こまきねポンプ西畑 将大です。

僕らは今、カンボジア・シェムリアップにあるキャンディーアンコールさんにお邪魔させて頂いてます。

可愛いアメちゃんや

お土産が沢山

 

今回インタビューさせて頂いたのは、こんな素敵なお店のオーナーである西 えり子さん。

西 えり子

岐阜県出身
21年前、ポルポト政権に衝撃を受けカンボジアへ、そして飛行機を降りた瞬間に「ここが私の居場所」と確信する。
その後は日本とカンボジアを行き来する生活を10年ほど続けていたが「私の本当にやりたい事は、移住しないと出来ない」と、カンボジアへの移住を決意する。
現在はキャンディーアンコールのオーナーをしている。

祐太の親戚のご友人で、山勢 拓弥さんを僕らに紹介して下さった方です。

  • どうして西さんがカンボジアに来たのか
  • 山勢さんとはどういった繋がりなのか
  • どうすれば自分らしく生きて行けるのか

この3点についてお話を伺って参りました。

山勢 拓弥さんの記事はこちら
バナナペーパーデザイナーの山勢拓弥が語る「ゴミを拾わずに仕事ができる環境造り」とは【情熱大陸カンボジア】

どうしてカンボジアに来ましたか?

将大
まず、西さんがどうしてカンボジアに来たのか教えて頂きたいです。
西さん
日本に居た時に世界史を調べてたのね。その中で引っかかったのがポルポト時代。私が生まれた後の時代だったし、国と国の戦争や宗教の戦争でも無いのに、どうして国民の事をこんなに殺すことができたのか、気になったの。

ポルポト政権とは

ポル・ポト(1928-1998)
農業主体の共同社会を目指し、通貨を廃止、学校教育の否定などの非常に極端な政策を施行した。
都市部の住民や知識のある人を強制的に農村へ移住させ過酷労働を強いた。また子供は「悪質な思想に染まっていない」とされ、子供が大人を監視し、殺害する。という異様な状況になっていた。
抵抗する者は社会的に不要な者として収容所へと送られ、殺害された。ある推計では3年9ヶ月で100万~170万という犠牲者が出たとされる。

トゥルースレン強制収容所。

参考:https://www.y-history.net/appendix/wh1603-078.html

 

自分の居場所を見つけた

西さん
自分が日本人として、もし日本で同じような事が起きたらって考えると訳がわからなくて、そこからカンボジアを調べ始めて「自分の目で見たい」と思って初めてカンボジアに来たのが21年前。
そして、飛行機から降りた瞬間に「ここだ」って。
将大
直感や閃きの様な物ですか?
西さん
とにかく「自分の居場所はここだ」って感じたの。言葉では言いにくいけど、すごい安心感みたいなものを感じてね。
将大
カンボジアの人達と出会う前にですか!?
西さん
そうなの飛行機から出て空気に触れた瞬間に。そこから2ヶ月間1人でカンボジアを回って。まだ内戦直後で、クーデターもあったし、地雷もいっぱいあったし。そんな状況だったのね。それでカンボジアの人と触れ合って、自分の目でカンボジアを見て、ますます好きになって惹かれたの。
将大
ではどうしてカンボジアの中でもシェムリアップなんですか?
西さん
日本でも各地方によって雰囲気とか、人柄とかが違って感じ方が違う様に、私はシェムリアップが一番好きで居心地がよかった。カンボジアはどこも好きだけど、自分なりに「どうしてか?」と考えた結果がね、アンコールワットあるでしょそこに。あのアンコールワットっていうのはカンボジア人の誇りなんですよね。だから何か神様が守ってる様な、、、。
 

 

アンコールワット。一体どうやって建設したのだろうか。

 
西さん
ここシェムリアップの人たちはアンコールワットの側で、安心しながら暮らしてるのかなって。だからここの人達の雰囲気とか人柄とかすごい好きで、私自身もアンコールワットっていう存在にすごい惹かれたの。だからここシェムリアップで暮らしてるね。
 
将大
僕らも先日行って来ましたけど、あの空気感は行ってみないとわからないですね。
 

カンボジアに定住する決断

将大
では、何年ほど前から定住するようになったんですか?
 
西さん
住み始めたのは11年前かな。初めてここに来てからしばらくは、日本とカンボジアを行ったり来たりしてたの。その時に必ず村を訪ねていて、そしてその村で誰か(現地の方)が病気になって、その時は病院に連れて行ってあげても、私は帰国しないといけない時があってね。だけど帰ってからもやっぱり気にはなるし、自分の中の思いと、やってる事が違うなってずっと思ってたんですよね。
将大
では10年程日本とカンボジアを行き来していたんですね。きちんと自分のやりたい事を全うする為に定住を決断されたんですね。
西さんが支援するお家のひとつ。ここはは家を立ててはいけない場所で、不法占拠として彼らはこの地で暮らしている。
奥さんは過去に心臓発作で倒れた事があり、今は西さんが週に一度ビタミン剤などの薬を提供している。旦那さんは超愛妻家で、カメラを向けると緊張で硬直してしまう。

 

 

山勢 拓弥さんとの出会い

将大
拓弥さんとはどの様な出会いでしたか?
西さん
拓弥はね、高校を卒業してちょとして初めてカンボジアに来たんですよ。カンボジアに初めてくる2、3ヶ月前から私にコンタクトを取って来たんですよ。まだ来てないのにね、すごい熱い想いが日本にいるときからあって。なんかね、私と似てたんですよね。
将大
お会いしましたけど、拓弥さんの熱い思いは今も変わってませんね。

飴細工職人のやよいさん(左)と西さん(右)。

 

自分のやりたい事を実現できる強運をもつ男

 
西さん
初めはこっちにいる人達に「お前は恵まれているんだからまず大学に行くべきだ」なんて厳しい事言われたりしていたのね。でも私は拓弥の気持ちは間違ってないと思ったの。それで夜に拓弥を呼び出して、私と私のパートナーと3人で「あなたは間違ってないよ」って話をしてね。それで拓弥は休学してカンボジアにくる様になったの。拓弥はね、自分のやりたい事を実現できる強運を持ってるんですよ。
 
将大
拓弥さんには既にインタビューさせて頂いたんですけど、ひとつひとつ着実に実現されてますよね。すごいです。
西さん
そういう運命を持ってるんだよね。私が唯一心配していて、拓弥の行動を止める要因になるのが、体の問題。怪我をしたり病気をしたりね。それだけが拓弥を遮る。
将大
そうですね。健康でないとやりたい事も出来なくなってしまいますもんね。
西さん
でもそれがなければ、大変な思いはしているけど、拓弥のやりたい事が見事に繋がるの。「これをやりたい」その思いがあれば拓弥は必要な人と必要なだけ繋がって行くんですよね。現在のところ拓弥はここまで来てますけど、上手くいってる時は私に連絡なんてないですよ。私も関わらないですし。でも怪我した、病気したっていう時だけ私に連絡があるから、その時だけ私は助けに行く。そう行った関係だね。
 
将大
母親の様な存在なんですね。
 

何をしていても私は拓弥の味方

 
西さん
もう拓弥には「あなたにどんな困難があっても、誰に何を言われようとも、何をしていようと私は拓弥の味方ですよ」という事は初めから明言していてね。拓弥のやっている事は本当に素晴らしいことなの。
 
将大
力強い言葉をかけてくれる人がいるのは、本当に支えになりますね。
 

ムンさん。西さんの専属ドライバーで日本語と英語も話せるすごい方。体調が悪い方を病院へ搬送して、手続きする時にも大活躍する。

 
 

最後の質問「おっ!そんな考え方があるのか」

 
将大
最後の質問になりますが、日本には日本人の大きな社会の流れがあって、それを全員が全員幸せとは思っていなくても日々の生活を過ごしていて。潜在的にどこか変化を求めている人も多いと思うんですけど、そういった方が今後この記事を読んで「おっ!そんな考え方があるのか」って思えるようなメッセージはありますか?
西さん
今日ね、ほんとに偶然で「なるほど」って思った事があったんだけど。日本人の方でね、11年前にこっちに来て、子供達に絵を教える学校をやってるもう70歳になるおばあちゃんがいてね。

そのおばあちゃんの学校から作家、アーティストって呼ばれる素晴らしい人が育ったの。
 
将大
日本人のおばあちゃんが教えて、カンボジア子供達の中からアーティストが生まれたんですか?
西さん
そうそう。さっきねその先生と一緒に仕事をしている若い女性と2時間ぐらい話す機会があってね。どうして、先生は人生の道を美術の方向に進めたのかって話をしていたの。それはね先生が高校生の時にすっごい面白い選択をしたからなんだよ。
将大
なんですか?すごい気になります。
 

「生涯やり続けられる事は何だろう?」

西さん
「生涯自分がやり続けられる事はなんだろうか」って考えて将来を決めたんだって。その選択肢の一つがお医者さん、もうひとつはジャーナリスト、それと美術だったんだよね。
 
将大
生涯自分がやり続ける事、、、。なかなか想像出来ないですね。
 
西さん
お医者さんは引退があるし、ジャーナリストは年をとると世界中を回ったりできなくなるなーって、でも美術は大好きだし最後まで何とか出来るんじゃないのかなって思ったから選んだって。
 
将大
確かに絵を描くのに場所や年齢は関係ありませんもんね。
 
西さん
でもね、多くの若い人達ってちょっと先の事を考えて物事を決めて行くでしょ。なんだけど先生が高校生の時に自分に問いかけた質問「生涯やり続けられる事はなんだろう?」っていう風に自分に問いかけたら嫌な事なんて絶対選ばないと思うのね。生涯をかけてやりたいと思える、自分の心の奥底にあるものを掘り起こした選択が出来るような気がするの。
 
将大
確かに、死ぬまで続ける事に嫌な事は選びたくないですね。
 
西さん
それにね例えば、収入とか安定とかの目の前の問題なんて全部後付けの事なんだよね。でも実際にやる事っていうのは心が何をしたいのかが大切で、稼げる稼げないなんて全部後付けなの。拓弥もそうじゃないですか、稼げるかなんて考えたら絶対やらないし、他の日本人でカンボジアの村に入りこんでる仲間達も絶対やってないよ。だから人にとって一番楽しく生きる事って自分が本当にやりたい事をやってる事だと思うの。
 
将大
僕は怖がりなんで、どうしても目先の事を考えてしまうんですよ。ご飯食べれるかな?病気になったらどうしようとか。
 
西さん
それを考えるのも大切だけどね。まずは、目先の事なんて全部排除して「生涯やり続けられる事はなんだろう?」って自分に問いかけて選択してくれたら嬉しいね。それにね、「これだ!」ってなっても違う事はあるし、また修正かければ良いよ。どのタイミングで出会えるかなんて人それぞれだし、早い遅いなんてわからないんだよね。でもタイミングは絶対くるから焦る必要なんてないよ。
 
 
 

まとめ

 いかがでしたか。
 
「これだ!」って思える事は皆さんありますか?
「今はない」「見つからないよ」と思う方は一度『生涯やり続けられる事は何だろう』と自分に問いかけてみてください。

すぐには見つからなくても、時間をかけて少しづつわかってくるかもしれません。

僕もまだ模索中ですが「タイミングは必ず来る」そう信じて旅をこれからも続けて行きます。
 

山勢さんの工房の前で集合写真。

 
アンコールワットを訪れる際は是非、西さんのお店キャンディーアンコールを訪れてみてください。カンボジアの情報はもちろん、美味しいキャンディーや素敵なお話も聞く事ができますよ。
 
 

西さんのお店”CANDY ANGKOR”店舗情報

TEL:+855 63 964 755
facebook:CANDY ANGKOR
 
 
 
 
 
それでは。
インタビュー 、写真、編集:西畑

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

こまきねポンプ

西畑 将大(写真右)写真と切れ痔担当と、石崎 祐太(写真左)愛と勇気担当。 高校の同級生2人で大学を休学し、2018年3月3日から世界一周二人旅をしている。 旅の途中でフィリピン、セブ島の英語学校クロスロードに立ち寄り、セカパカのライターとして任命を受ける。 こまきねポンプの由来は、西畑がトイレにウンコを詰まらせ、こまきね先生がポンプで解決してくれたエピソードから。