【第23話】本当のジブンに出会う旅|中年バックパッカーの孤独と絶望と希望の世界放浪記

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ルート66・アメリカ合衆国(3) 

自立と依存の間

セブンマジックマウンテン。ラスベガスの手前にある。

自立ってなんだろうって思う。アメリカ横断に来るまで「人に迷惑をかけない」「自分のことは自分自身でなんでもできる」ということが自立の最低条件だと信じていた。そういうふうに教育を受けてきたし日本という社会もまたそれを要求してくる。だから30歳の時に家を出て、それ以降は帰らなかった。経済的な理由から、あるいは単に寂しさから、実家に帰りたいと何度も思ったし、実際に父に帰らせてほしいと何度かお願いしてみたこともある。でも結局は帰らなかった。

 

窓の外を流れるアメリカ中西部の荒野のような砂漠のような、単調な風景を眺めながら自立ということについて考えていた。まあ自立について考えるのは何もこの時が初めてではない。折に触れて、僕は自立ということの意味を考えてきた。家族には頼ることができない。友達もあまり多くはないし、別に女性にもてる訳でもない。一人で生きていこうと決めてから、自立と依存の間で常に僕は揺れていたように思う。

 

前々回も書いた通り世界一周に出るにあたって国際免許証を取得していなかったので、僕は車を運転することができない。もうすでにシカゴでみんなと合流してから3週間近く経過している。他の5人に運転してもらってここまで連れてきてもらった。僕の定位置はダッジのバンの2列目右のシートで、たまに助手席に座るくらいだった。つまり日本風に言えばみんなに迷惑をかけてここまできたということになる。

 

けれど僕のことが足手まといであるとか、いなければいいのにと邪険に扱う仲間はいない。運転はもちろん食事の用意もガソリン代の計算も何もかも仲間が全部やってくれている。あるいは手分けして作業している。僕は僕のささやかな役割をこなす。困った時は助け合って前に進んで行く。そうする方が集団のパフォーマンスが上がるということをみんな経験的に理解しているのだ。

みんなアメリカまできて「使えない」「空気読めない」みたいなくだらない誹謗中傷で全体のテンションを下げるようなことはしない。僕たちを乗せたダッジのバンは、日本の企業や学校や社会に漂っている重苦しい空気や価値観とは無縁の空間だ。そういう環境で過ごすことは本当に心身のパフォーマンスを高めてくれる。そして自分でも驚くくらい、日本にいた時の自分には考えられなかった行動を取っている自分自身に気づく。

 

人間は環境の生き物だ。ある集団の中に自分の意にそぐわない行動をとったり、少し違和感のある振る舞いをしたりする個人がいる場合、それはえてしてその人個人というよりもむしろその環境の方に原因があることが多いように思う。そしてその環境には間違いなく「私」が含まれているのであって、そう考えてみると、ある個人の奇妙な振る舞いは多かれ少なかれ「私」の振る舞いをなんらかの形で投影したものである可能性が高い。

 

ある時点からそんな風に考えて生きてきた。それは自省や内省といったあまり心楽しくない行為を僕に要求する考え方でもあったわけだけれど、少なくともそうすることで自分の中に微かに残る誠実さのようなものを大切にすることはできていたのかなと思う。

 

けれどそういう風に考える人っていうのは本当に少なくて、僕たちの社会はあいも変わらず他罰的で他責的だ。誰も責めることはできない。僕たちはそういう社会に生まれ落ちて、そういう社会の価値観に育まれて生きてきたのだから。

 

 

欲望の街

ラスベガスの夜景。

どこまでも続く荒野のはるか向こうに微かに見える人工物は高層ビル群である。それがみるみる大きくなって、やがて空を切り取るスカイスクレイパーになった。建ち並ぶ高層ビルの合間をハイウェイが縫うように走る。高速道路を降りて街の中心部に向けて車を走らせると程なくして、大通りの両側にまばゆいばかりの豪奢なホテルが立ち並ぶエリアに入っていった。ラスベガス。人間の欲望をあからさまに反映し具現化した街である。

 

人間の欲望を具現化した場所のことを都市という、という定義があるのかどうかはわからない。僕が今勝手に作った。ごめんなさい。そんな都市において「交換」を加速し、煩わしい人間関係からに人々を自由にしてくれるのが「貨幣」の原初的な役割であったというのは明らかだ。貨幣の交換可能性と無縁性。財やサービスはそこに値札がつけられた瞬間から所有者のもとを離れ、無縁のモノとして市場に供給される。貨幣を介して交換が加速する。つまり交換を触媒にして貨幣が高速で移動し始める。貨幣が移動することそのものが富を生む。事実貨幣に「自己増殖性」のようなものを付加したことで僕たちの社会は急速に発展していった。金がカネを呼ぶという幻想。金さえあればどんなものでも手に入るという盲信。

 

そんな「カネ」を中心して無限に増殖してゆく人間の欲望が最も先鋭的な形で具現化された一つの象徴的な場所、それがラスベガスという街に僕が抱いた印象だった。

 

ベラージオホテルの噴水ショー。

僕たちはここで結局数日逗留することになった。カジノに行き、タワーに登り、夜のラスベガスの街を練り歩いた。「バックパッカーがどうしてラスベガスなんかに宿泊できるのか」と思われる方も多いかもしれない。そんな方は一度booking. comのような宿泊予約サイトをご覧いただきたいと思う。宿泊人数にもよるけれど、一泊2000円以下のホテルをいくつも見つけることができるだろう。

 

ラスベガスはカジノで経済を回している街である。そこに立ち並ぶホテルには必ずと言っていいほどカジノが併設されている。そしてホテルの主な目的はカジノに客を呼び込むことにあるので、宿泊費自体は僕たちが想像するよりはるかに安価な設定になっているというわけだ(もちろん上を見ればキリがない。なにせここはラスベガスなのだ)。つまり僕たちのようにギャンブルには興味がないがラスベガスという街には興味があるという手合いには絶好の観光スポットということになる。数日逗留しても全然予算内である。

 

この街では本当にカネだけが全てなんだな、と思わずにはいられなかった。カネさえあればいくらでも豪華で充実したサービスを受けることができる。どこかから何処かへ移動することも、空腹を満たすことも、快適なベッドで深い眠りにつくことも、恋愛(のようなもの)も。全ての生理的・社会的なニーズは商品としてやりとりされていて、そこには値札がつけられている。

 

どんなに協調性がなくても、共感性に欠ける人間でも、つまり建設的な人間関係を全く築くことができなくても、カネさえあればここでは人に頼ることなく「自立」した個人として振舞うことができるというわけだ。それが貨幣が支配する世界において「自立的」に生きるということの、紛うことなき一つの側面なのだ。

 

けれど僕は思うのだけれど、そういうのは人間に依存していない代わりにカネに依存しているだけである。そんなものが本当に「自立」なのか。日本にいた時の僕は、すべてを自分自身の力でこなすことが成熟の、大人の条件だという信念にとりつかれていた。もちろんそれは一面の真実ではあるけれど、それがいつからか僕の中で、「少しでも多くの金を稼ぐ」ことと同義になってしまっていた。

 

もちろん、経済的な自立は多くの場合社会的な自立そのものを意味することが多い。そのことは否定しない。けれどそれは上述の「カネさえあればなんでもできる」という価値観の裏返しであるような気がしてならない。金の全能性を信じることは、そのまま自分自身の弱さや脆さから目を逸らすことにつながりはしないか。それがゼロになった時、僕たちは途端にそれまでの生活水準を維持することができなくなる。場合によっては生命の危機に晒される。そういうあやふやなものに、僕たちは自分の生の大部分を捧げてもいいのだろうか。

ルート66のゴール地点、サンタモニカビーチ。ここで写真を撮った後、最後の宿泊地、イングルウッドに向かった。

 

I cannot live without you.

父は頑なに僕に「自立」ということを促し続けた。そのこと自体にはとても感謝している。けれどそれが果たしてどのような意味合いにおいて語られていたのかについてはついに話す機会がなかった。けれど様々な迂回を経て僕は「連帯を通じて自立する」という逆説的な状況について考えるようになった。

 

僕があの時他の5人の仲間がいなければアメリカ横断を成し遂げることができなかったように、今の僕の生活は今僕の周りにいる素晴らしい仲間や、ここで出会ってくれたかけがえのない人なしではあり得ない。何もかもが日本と異なる異国の地で生きていくために必要なのは、豊かな預貯金の残高でもなければいついかなる時も自分自身を決して曲げない鉄のような意志でもない。「あなたなしでは生きることができない」と素直に言える仲間に囲まれてあることである。

 

仏文学者の内田樹氏によれば、「あなたなしでは生きていけない」という言明は「私はあなたにはこれからも健康で幸福でいてもらいたい」という祈りの、予祝の言葉でもあるという。そのような言葉には必ず同じ祝福の言葉が返される。それが「交換」ということの人類史的な意味だからだ。そのような相互予祝のネットワークのうちにある人間は、そうでない人間に比べて健康で幸福である可能性がはるかに高い。そのようなネットワークのうちに自らを位置付けること、それが「自立することが難しい時代における自立のかたち」である。内田氏はそう結論づける。(※1)

 

食事の用意も洗濯も掃除も自分で全てこなす。買い物も、アイロンがけもゴミ出しも何もかも自分でできる。できないことは「サービス」という形の商品として購入する。そのために必要な金銭を得るために労働(あるいは投資)をする。そういう状況にあることを自立と呼びたい人はそうすればいい。僕自身がそう信じて生きてきた。けれど今はそれらを僕に代わって行ってくれる人がいる。僕はその空いた時間に僕の限られた少ない手持ちのリソースで、日本からここセブを訪れてくれた人たちの英語学習や海外生活におけるささやかなお手伝いをしている。学校の運営のちょっとしたお手伝いをしている。そしてこの文章を書いている。大切な人のことを思い、その健康と幸福を祈っている。

 

そのことによって現に僕もたらされているリターンはとても豊かで満ち足りたものだ。そこには貨幣はほとんど介在していない。なにせ僕はボランティアのおじさんなのだ。あるいは僕が受け取っている豊かさは、例えば「1ヶ月あたり〇〇ペソ程度の収入に値するリターンである」というように数値化できるものなのかもしれない。けれどそんなものは実際的には何の説明にもなってはいない。現に100万ペソ(日本円に換算して約200万円くらいでしょうか)積まれたって、僕は今の生活を手放すのは嫌である。

 

「自分がしなければいけないことを誰かがしてくれれば、そうやって浮いたリソースで他人のしなければならないことを私が代わりにやってあげることができる。それがレヴィナスのいうpour l’autre(他者のために/他者の身代わりとして)ということの原基的な形態だと思う。それが「交換」であり、それが人性の自然なのだと私は思う。(※2)」

 

そのような交換のサイクルの内部に位置する人間が差し出したものに対する「返礼」は、多くの場合交換のために差し出したされたもの以上のものを贈与者にもたらしてくれる。それが「贈与交換」ということの人類史的な意味であると思う。マリノフスキーやレヴィ=ストロースが述べているのはそういうことではなかったのだろうか。

そのような贈与と返礼のサイクルが真の「自立」をもたらしてくれる。そのことをひしひしと感じながら今、僕はセブ島で生活している。

僕たちは自分が欲するものを他人にまず贈ることによってしか手に入れることができない。

「自立」の反対語は「依存」ではなく「孤立」である。僕はこの旅でまさにこのこのことを学んだ。内田氏が正しく指摘しているように、日本にいた時の僕は「自立」していたのではない。「孤立」していただけなのだ。

サンタモニカビーチ。ルート66の終着点だ。

 

(※1)「自立と予祝について」内田樹の研究室  http://blog.tatsuru.com/2010/11/08_1254.php

(※2)『ひとりでは生きられないのも芸のうち』内田樹 文春文庫 2011年 P271

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osugi

2016年11月から約400日間、世界を旅してまわっていました。 現在は旅を終えて、フィリピン・セブ島の旅人たちが集まる英会話スクール「Cross x Road」で、素晴らしい仲間に囲まれながら、日本人の生徒さん向けに英文法の授業をしつつ、旅に関するあれこれを徒然なるままに書く、という素敵な時間を過ごしています。