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本当のジブンに出会う旅|中年バックパッカーの孤独と絶望と希望の世界放浪記【第27話】(前回)はこちらから。
ガラパゴス諸島・エクアドル
はっつ
‘equator’は「赤道」を意味する英単語である。スペイン語では’ecuador’。エクアドル。ペルー、コロンビアと国境を接する太平洋岸に位置し、その名の通り「赤道上」にその国はある。キューバ・ハバナから一旦メキシコシティに戻った僕は、そこからエクアドルの首都キトへと飛んだ。
首都のキトから西におよそ1000kmの太平洋上に浮かぶ「ガラパゴス諸島」、これが僕の次の目的地ということになる。ガラパゴス諸島はそこに生息する生物がその地理的条件のゆえに独自の進化を遂げた場所で、ダーウィンが「進化論」の着想を得たことで有名な島である。小学生の時に教科書だか図鑑だかでその存在を知って以来、まさか自分がこの島を訪れる日が来るなんて思いもしなかった。
旅に出る前は「行ければいいかな」くらいに考えていた。お金もそれなりにかかりそうだし、エクアドルという国は南米の中でも比較的食指の動きにくい国であったからだ。けれどアメリカ横断中にフェイスブックにポストされたある投稿を見て、僕はそこに行くことを決めた。
以前記した通り、僕は南極に行ったことがある。当時僕はささやかな旅ブログを書いていて、それを見てくれていた一人の女性から連絡をいただいた。なんでもその彼女も南極行きを検討しているということらしい。南極のことや渡航前の準備、費用などについて色々教えて欲しい。「はっつ」というニックネームで呼ぶことになるその彼女とのファーストコンタクトはそんな風にして行われた。ちなみにはっつとは僕がいまお世話になっている旅人のための英会話スクールの卒業生であるという共通点がある。僕がこの旅を通じて、世界のいろんな場所で出会うことになるこの学校の卒業生の一人だったというわけだ。
そのはっつがガラパゴス諸島に一緒に行ってくれる人を探しているというのが件のSNSの投稿だったというわけだ。その時期の僕はおそらく中南米を旅しているに違いない。5月末。少しタイトな日程にはなりそうだったけれど、ガラパゴスを一人で旅することを考えれば全然マシだ。はっつと面識はなかったけれど、まあこれも何かのご縁だと思って手を挙げてみることにしたという次第である。
はっつとの待ち合わせはエクアドル最大の都市「グアヤキル」の空港近くのホステルでということになった。ガラパゴス諸島行きの飛行機はここから出発する。待ち合わせの3日前にエクアドル入りしていた僕は、首都の「キト」で時間を潰すことにした。キトといえば赤道記念碑である。赤道を跨いでみたいというミーハーな欲求を抑えることができなかった僕は、ダウンタウンから1時間程度バスで走った郊外にあるその場所まで行ってみることにした。
赤道には赤ではなくて黄色い線が引かれていた。それからGPS技術の発達によって、本当の赤道はこの場所から数十メートルずれたところにあることが判明したということだった。随分間の抜けた話である。比較的大規模な開発によって整備されたであろうその付近一帯を歩きながら笑いがこみ上げてきた。ここまで開発を進めてしまった後にここが赤道ではないとわかってしまう。このツメの甘さがなんだか僕みたいだ。まあそれでも精密な計測機器がなかった時代にほんの数十メートルの誤差で赤道の位置を計測できていたというのはやっぱりすごいことだ。そんなどうでもいいことを考えながら赤道記念碑付近の公園を散策し、それから本当の赤道が通っているという場所まで行った。
キャリーちゃん
さて待ち合わせの方である。実は直前にはっつから連絡があって、なんでもここエクアドルに向かう途中に出会った同じ看護師の女性と意気投合したのだという。その彼女とガラパゴス諸島に滞在する日程がほぼ同じだということが分かったので彼女も一緒に来てもらっていいですか?ということだった。そういう偶然はとても素敵なことである。
考えてみれば初対面のはっつと二人で10日間過ごすというのもなんだか緊張するシチュエーションではある。でも3人になればいくらか気持ちは楽になるかもしれない。なにせ僕は人見知りなのだ。その一方で初対面の女性2人を相手にどんな風に振る舞えばいいのかわからない自分がいる。人見知りだからだ。だから僕としてはどちらでもよかった。つまり断る理由がなかったというわけだ。
グアヤキルに到着しその前日を別の宿で過ごした僕は、朝早くチェックアウトして待ち合わせのために予約してあったそのホステルに向かった。あたりの治安状況を反映してか、ホステルの扉には鉄格子が張られていてダイレクトに中に入ることができない。呼び鈴を押し、応答を待つ。しばらくしてスタッフの女性が鉄格子を開けて中から出て来た。東洋人の僕をみてピンと来てくれたんだろう。お友達が先にきて部屋で待ってるよ、すぐ案内してあげる。鍵を預かり、部屋に通される。
部屋には2人の20代と思しき女性がすでに荷ほどきを終えてベッドに座っていた。他の宿泊客はいない。二台の二段ベッドに挟まれてシングルベッドが置かれている変則的な5人部屋の真ん中のベッドに座っているのがはっつだ。写真で何度か顔を見たことがあるのですぐに彼女だと分かった。「はじめまして」。看護師をしているというはっつはとても快活な印象の女性で、少しだけ眠そうな笑顔で僕の挨拶に応じてくれた。全身からはエネルギーが、口調や立ち居振る舞いからは理知的な様子がうかがえる。僕はすぐに彼女のことが好きになった。
その隣、僕が腰を下ろした2段ベッドのはっつを挟んで反対側の窓際でリラックスしていた女性が今回のガラパゴスの旅のもう一人の伴侶ということになる。「初めまして」。とても穏やかな口調で話すその看護師の女性もやはりはっつと年の頃が同じであるという。南米をずっと旅してるんです。はっつと一緒に深夜バスでここまで来たという彼女は太ふちの眼鏡をかけていて化粧っ気は全くなく、金色に染めたヒッピーのような髪はボサボサで長旅のせいかかなりダメージを受けているみたいだった。彼女のファーストネームは外国人には発音しにくいらしく、だから自分のことはキャリーと呼んでもらっていると言った。
参ったな。と僕は思った。化粧っ気はなく髪もボサボサだけど一目みてわかる。とても美しい女性だ。ただの美しさではない。内側から溢れ出てくる美しさである。
ガラパゴス行きの便は翌日なので、そのキャリーちゃんとはっつの三人でグアヤキルを観光することになった。ローカルの路線バスを乗り継いでグアヤキルの「サンタアナの丘」というところに行った。それから帰り道のスーパーでガラパゴス諸島に持って行く調味料を購入した。
はっつはとても快活な女性だけれど、同時にものすごく気を使える人でもあった。具体的にいうと僕は彼女の言葉の選び方が好きだ。それはハキハキとした声で、小気味よく話す声と相まって彼女の聡明さをより際立たせる。きっと頭がいいのだ。話し方よりもむしろ、話題や言葉のチョイスそのものにその人の性格や知性は現れる。慇懃に話す人が無礼であるのは行間から滲み出るその人の本性であり、それは言葉の選び方そのものに原因があることが多い。10日間の旅の間、彼女のそれは一度も僕に違和感を抱かせたりすることがなかった。
僕の前を歩く二人はすでに随分打ち解けていたようだった。そしてキャリーちゃんもまたとてもスマートな女性であるということがすぐに分かった。最初に会ったときから薄々気づいてはいたのだけれど、彼女はただ容姿が端麗であるだけではない。聞けば「学問ノススメ」の著者である某歴史上の人物が設立した大学の卒業生であるという。なるほど。
サンタアナの丘からの帰り道、僕たちはバスの乗り方がわからず往生したのだけれど、そんな時にあたりのローカルに道を聞いてくれるのがキャリーちゃんで、それは英語とスペイン語で行われた。スペイン語習ったことあるの?僕が聞くと「旅してたら自然に話せるようになりました」という。某歴史上の人物は、神様は人の上や下に人を創らないと言ったそうだけれど、どうやら二物は与えるらしい。まったく「才色兼備」というのはキャリーちゃんのような女性のためにある言葉である。
サンタクルス島、イザベラ島、サン・クリストバル島
大小およそ200の島々からなるガラパゴス諸島における僕たちの最初の目的地はサンタクルス島である。このサンタクルス島を中心に、ガラパゴス諸島最大の島であるイザベラ島、それからサン・クリストバル島を高速船で移動する。この三つの島がメインになっていて、宿泊施設もほぼこの3島に集中している。他の島には島内のツーリストでツアーに申し込んで行くことになる。
ガラパゴス諸島に行くべきかどうか悩んでいるという人にたくさん出会った。そしてガラパゴス諸島に実際に行ってみて後悔したという人には一人も出会ったことがない。これもまた、僕がここを訪れることを決めた理由の一つだった。
あまりお金の話はしたくないのだけれど、グアヤキルないしキトからの往復航空券、アイランドホッピングの費用、それから現地での宿泊費、10日間の滞在費全て込みで8万円くらいだったと思う。僕たちがイザベラ島で参加したアオアシカツオドリをみてシュノーケリンでウミガメに出会うというアクティビティツアーの費用も含まれている。もちろん旅のスタイルによって費用はいくらでもかさんでゆくだろうけれど、僕たちのようにゲストハウスに宿泊し、食事は島の新鮮な海鮮を使って自炊すればかなり節約することができるはずだ。おすすめです。
サンタクルス島にはちょっとした漁港があって、そこでは水揚げされたばかりの新鮮な魚が売られていた。島の港のすぐそば、僕たちのゲストハウスのすぐ近くにはこぢんまりとした清潔なスーパーマーケットがあって、大体のものはそこで揃った。島のメルカドでは野菜をはじめとした食材が安価で売られている。ガラパゴス諸島滞在中にはっつとキャリーちゃんが用意してくれたご飯は全て例外なく美味しかった。ワインとキャンドルを用意して、ゲストハウスのダイニングでちょっとしたディナーを楽しんだりもした。
次に訪れたイザベラ島は自然がふんだんに残っている静かで穏やかな島である。その島で僕たちが宿泊したゲストハウスに一人旅のチェコ人の女性が宿泊していた。年の頃は僕と同じかやや上だろうか。とても落ち着いた雰囲気の女性でアジアの文化に興味があるようだった。その彼女がヨガのインストラクターをしていてキャリーちゃんもヨガの経験者であるというので、僕たち3人とその彼女で早朝のイザベラ島のビーチでヨガをすることになった。
人気のない朝のビーチで海からの柔らかな風に吹かれながら4人で車座になって目を閉じて、胸いっぱいに新鮮な朝のガラパゴスの空気を吸い込む。血管を伝って身体の隅々まで新鮮な空気が行き渡って行くのがわかる。息を吸い込む音の他に聞こえるのは波の音と風の音だ。時折生き物の鳴き声も聴こえる。全身が喜んでいるのがわかる。それは本当に忘れがたい経験で、それ以降折に触れて僕はヨガをするようになった。
同じイザベラ島で出会ったオーストラリア人の男性は英語教師をしながら波を求めて世界を旅して回っているというサーファーだった。金髪碧眼の紛う事なきイケメンである。その彼とは次の目的地サン・クリストバル島でも一緒になった。サン・クリストバル島では、僕は少しわがままを聞いてもらってあまり外には出ず、ゲストハウスで一人ボサノバを聴いたり、波の音が心地よい海辺のリゾートホテルのダイナーでいくつかのフローズンカクテルを飲んだりして過ごした。
はっつとキャリーちゃんは海でシュノーケリングをしたり、そのオーストラリア人と一緒に行動したりしていたようだった。そのダイナーの近くの砂浜で一人で海を見ながらたそがれているときに、同じように砂浜で波と戯れていたアザラシをカメラに収めたのが、冒頭の写真である。この島の生き物には表情がある。もしかしたら人間よりも豊かな表情を持っているのかもしれないとさえ思う。波間に沈む夕日に向かって、彼は何かの祈りを捧げているように僕には思われた。その憂いをたたえた目は何かを祈るものの目だ。祈ることを忘れてしまった人間に代わって、彼らは夕日に祈るために、夕暮れのビーチで波と戯れているのだ。素敵なことではないか。
旅の大半の期間を一人で過ごした僕にとって、ここガラパゴス諸島での10日間は夢のような時間だった。動物たちの楽園は、僕にとっても楽園だったというわけだ。
サン・クリストバル島で僕たちは別れた。キャリーちゃんはこの島からエクアドル本土に帰る飛行機を予約していて、僕とはっつはサンタクルス島から帰ることになっていた。はっつはキト、僕はグアヤキルへ、そして日本へ帰る。帰りの飛行機を待ちながら僕ははっつに尋ねてみた。今年の8月にアイスランドを仲間と旅することになっている。その「アイスラウンド」一緒にやらない?しばらく考えた後彼女は「行きます!」と答えてくれた。赤道直下の楽園で、僕はアイスランドを周遊することになる最高の仲間の一人をゲットしたというわけだ。
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