【第8話】本当のジブンに出会う旅|中年バックパッカーの孤独と絶望と希望の世界放浪記

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3−4 ニュージーランド・オークランド

オークランド国際空港

国際線を利用するときは、飛行機の出発の3時間前には必ず空港に到着するようにしている。一般的に国際線のチェックインカウンターが開くのが大体それくらいの時間なのでそのようにしているのだけれど、それとは別に、何らかのトラブルやハプニングが原因でチェックインに手間取ってしまった時などに、余裕を持って対処するためにはやはりそれくらいの時間的余裕が僕には必要だと思うからだ。

何事もなければ早々とチェックインを済ませてしまって、のんびり行き交う人を眺めたり、日本を出国する前に手に入れた「プライオリティ・パス」を利用して空港のラウンジを利用すればいい。 そういう習慣が身につくようになった最初のきっかけの一つが、ここニュージーランドのオークランド国際空港でのちょっとしたハプニングだった。

ニュージーランド航空のチェックインカウンターはオートメーション化が随分進んでいて、カウンターの前に、ディスプレイを有する僕のみぞおちの位置くらいの高さの機械が無数に並んでいる。

ディスプレイの下部にはパスポートを読み取るための装置があって、ここに指示されたページをかざすことで、機械がパスポートの個人情報を読み取り、予約を確認・確定する。

ディスプレイに表示されるいくつかの質問事項に順次答えてゆき、特に問題がなければ搭乗券と預け荷物につけるタグが発券される。最近ほとんどすべての空港で見かけるようになったシステムだけれど、オークランドのそれは少し先進的で、預け荷物のチェックインもまた、オートメーション化されている。

乗客は発券されたタグを持って奥にある無人のカウンターに進む。カウンター横に備え付けられているベルトコンベアの上に預け荷物を乗せ、タグに印刷されたバーコードを専用の機械で読み取れば、ベルトコンベアが作動してその荷物がカウンター奥に吸い込まれていく。

オークランド大学の近くの気持ちのいい公園。オークランドはサンフランシスコをコンパクトにしたような街だ。

オークランドからアルゼンチン航空を利用してブエノスアイレスのエセイサ国際空港に向かうその日、ゲストハウスをチェックアウトしてオークランド大学の近くの気持ちのいい公園で時間を潰した後、少し早めに空港に到着した僕は、チェックインまでの大まか流れを確認した後、アルゼンチン航空の共同運航会社であるニュージーランド航空のカウンターに向かった。

前述の機械でパスポート読取機にパスポートをかざす。が、何度トライしてみてもエラーが表示されるばかり。そのあとに係員にお尋ねくださいという趣旨の指示。仕方なく、近くで所在なく立っている女性の職員に話しかける。

おそらくもう何百回も何千回も、その手の質問を受け続けてきているのだろう。若干うんざりした様子で僕の方を振り返ったその女性職員は「ここにパスポートをかざすでしょ、でこのボタンを押す。そしたらチケットが出てくるの。That’s all! 簡単でしょ?」と、早口のニュージーランドなまりで一気にまくし立ててきた。多分、機械の操作の仕方がわからないと思ったのだろう。

さっきからそうしてる。でもエラーが表示されるんです。ちょっと(パスポートを)貸してみて。あら、おかしいね・・・。

何度か同じ操作を繰り返し、何度かエラーが表示されたあと、ふと何かを思い出したように「Ah!」と小さく呟いた彼女はおもむろに近くにあった航空会社のパソコンに近づいて行って「ちょっと航空券の控えを見せて」と言った。

やっぱり。彼女がエラーの原因を説明する。なんでもオンラインで航空券を購入した際、「姓」の欄に下の名前を、「名」の欄に名字を入力したまま決済してしまっていたらしい。完全に僕のミスだ。ごめんなさい。

ならばそのミスを訂正した上で発券手続きを進めてほしい。すでに10万円以上の決済は済んでいる。当然のことのようにお願いしたのだけれど、彼女の返事は驚くほどそっけなかった。

「そういう間違いは本当によく起こるんだけど、アルゼンチン航空は、その種の間違いを訂正してはくれないの」

じゃあどうすればいいの?訪ねた僕に、パソコンの画面を眺めながら(つまりこちらを見ることもなく)その職員はこういった。「もう一度航空券を買い直して。残席があるかどうかはわからないけれど」

結果的に、彼女の上司のその上司まで話は通って、僕は無事、追加の料金を払うことなく南米行きの航空券を手に入れることができたわけだけれど、ブエノスアイレスに到着した後も、悪い流れはそう簡単には断ち切れなかった。

旅の効用 〜内なる他者との出会いについて〜

アルゼンチン・ブエノスアイレスに向かうのはニュージーランド航空のロゴが入ったジャンボジェット機。たどり着いた先に待っていたのは少しだけタフな時間だった。

おそらく、比較的無事に旅を終えた今振り返ってみても次の南米アルゼンチン、ブエノス・アイレスのエセイサ国際空港で経験したトラブルはその最悪のものの一つだ。

次回はそのことについて書こうと思う。

うまくいくときは何をやってもうまくいくものだけれど、うまくいかないときは何をやってもうまくはいかない。改めてここで書く必要のないことだけれど旅も人生もそういうものだ。

僕たちが僕たち自身の人生において、意志の力で成し遂げることができることの割合や、純然たる努力のみで変えることのできる未来なんて本当にたかが知れているのかもしれない。もちろん「努力すれば報われる」という価値観を否定するつもりはないけれど。

僕たちは「自己責任」という言葉を少し歪んだ形で(と言って差し支えないと思う)共有している社会に生きている。けれど個人が個人のみの責任でその人に起こる全ての事態を引き受けることができる・引き受けなければならないというような信憑は、正直に言ってほとんど妄想に近いとさえ思う。

転職を控えた2015年の冬の段階で僕の前に開けていたのは比較的明るい未来だった。

10倍近い倍率の試験をパスしてやりがいのある仕事ができる職場への転職が決まった。収入も大幅にアップしそうだった。日々のジョギングを継続し、年に何度かフルマラソンを走り、好きなジャズを聴いて、大好きな本を読む。そういう本当にささやかな日常がこれからも続くという予感に僕の心は満たされていた。身分も準公務員的なものになる。うまくいけば将来の伴侶が見つかるかもしれない。悪くない。

そのささやかな日常(の予感)は、青信号で横断歩道を渡っている最中に車にはねられ腰椎を骨折するというアクシデントによって奪われてしまった。アジアの発展途上国ならいざ知らず、誰が日本で青信号の横断歩道を渡っている最中に車にはねられるというようなことを想像するだろうか。

幸いにして障害は残らなかったものの、少しだけいびつな形になった腰椎が、42.195kmの距離を持ちこたえてくれるか甚だ自信がない。あれ以降、あんなに大好きだったフルマラソンを走り切ったことがない。

痛み止めを飲み、リハビリをしながら通う不慣れな新しい職場は決して楽しいものではなかった。環境の変化が、僕の心身にネガティブな影響を及ぼしていった。

予測もできないような突発的な事故。信頼していた他者からの裏切り。うまくいくはずだった未来がそれらの予期せぬ出来事によって狂わされ、できるはずだったことがだんだんできなくなってゆく。自分自身を省みることができるようになるのはずっと後のことだ。激しい他責の念や後悔、嫉妬や憎悪のような負の感情に飲み込まれそうになる。こんなはずじゃなかったと。

旅が進んでいくにつれ、偶然降りかかってきた不運の数々といまの境遇を他人のみのせいにしている、そんな感情に絡め取られている自分に気づいて自己嫌悪に陥っていった。僕を轢(ひ)いたドライバーや家族を責めたところでどうなるものでもない。

旅という経験を通じて、そういうものがなんら建設的ではなく、なんの事態の解決に資することにもならないという(当たり前の事実)を少しずつ受け入れていく。そして今さらながら一つの考えに至る。僕たちの人生は僕たちが完璧にマネジメントできるほど単純で優しいものではないのだと。

僕たちの社会は顔も名前も知らないような人たちで満たされていて、そのような容易に理解し共感しあうことの難しい「他者」と相互に影響を及ぼし会うことによって成り立っている。そうすることで生かされている以上、誰もそこから逃れることはできない。日本から何千マイル離れた場所にいようが同じことだ。

そういう身も蓋もない事実に改めて気づくこと、換言すれば「他者からもたらされる不自由を甘受すること」を通じてある種の観照(かんしょう)なり諦念(ていねん)に至ることができるのもまた、旅をするということの一つの大きな意義なのかもしれない。もちろんそこから何かを得ることができれば、の話だけれど。

過ぎた時間を悔やんだり、誰かを恨んだりすることをやめて、「いま・ここ」にある自分を十全に生きてみようと思いを新たにする。なぜなら他者は自分自身の中にもまた存在するからだ。そいつが一番厄介なのだ。そんな自分自身の内なる他者の存在に気づき、出会い、受け入れてゆくこともまた旅の一つの効用だったのだと今では思う。少なくとも僕にとってはということだけれど。

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osugi

2016年11月から約400日間、世界を旅してまわっていました。 現在は旅を終えて、フィリピン・セブ島の旅人たちが集まる英会話スクール「Cross x Road」で、素晴らしい仲間に囲まれながら、日本人の生徒さん向けに英文法の授業をしつつ、旅に関するあれこれを徒然なるままに書く、という素敵な時間を過ごしています。